預貯金の仮払い制度について(平成30年改正相続法シリーズ)

2020/02/07

平成30年の相続法改正によって、遺産分割協議が整う前でも、遺産たる預貯金の一部払戻し制度が規定されました。
本コラムでは、この制度について解説いたします。

 

遺産分割前の民法909条の2に基づく預貯金の仮払い手続き

民法909条の2の規定によって、各相続人は、遺産分割協議が整う前でも単独で、裁判手続きを経ずに、遺産たる預貯金債権の3分の1に自身の法定相続分を乗じた金額について、払い戻しを行うことができることとなりました。

この額は、預貯金債権ごとに判断されますので、例えば、A銀行の普通預金に300万円、A銀行の定期預金に240万円、B銀行の普通預金に600万円の遺産たる預金があった場合、被相続人の配偶者(法定相続分2分の1)は、遺産分割成立前に単独で、A銀行普通預金から50万円(=300万×3分の1×2分の1)、A銀行定期預金から40万円(=240万×3分の1×2分の1)、B銀行普通預金から100万円(=600万×3分の1×2分の1)の預金払い戻しを受けることができることとなります。

ただし、預貯金の引き出しには、金融機関ごとに150万円までという限度額がありますので注意が必要です。

これは金融機関ごとの限度額ですので、被相続人の配偶者が預金払戻しを行う場合で、例えば、A銀行の普通預金に600万円、A銀行の定期預金に1200万円、B銀行の普通預金に6000万円の遺産があった場合でも、A銀行からは普通預金と定期預金のトータルとして150万円までしか払い戻しを受けることができず、B銀行からも150万円までの払い戻ししかできないこととなります。

次に、この民法909条の2の規定に基づいて預貯金の払戻しを受けるには、具体的にどのような資料を金融機関に提示する必要があるでしょうか。

これについては、金融機関側が、当該相続についての相続人及び法定相続分を把握する必要がありますので、少なくとも、①被相続人が死亡した記載のある除籍謄本、②相続人の範囲及び法定相続分が分かる全戸籍(除籍・原戸籍も含む)の提示が必要と考えられます。

ここで、民法909条の2の規定に基づく払戻し制度との関係で留意すべき点として、預貯金が特定の相続人等へ承継されるとしている遺言書が作成されている場合について述べておきたいと思います。

この場合、もし、他の相続人から金融機関に対して、金融機関が当該遺言書の存在を知らない間に、民法909条の2の規定に基づく払戻請求がなされた場合には、金融機関は、上記の限度で払戻しに応じてしまうため、遺言書により預貯金を承継している方は注意が必要です。

したがって、このような遺言書が残されていた場合には、その預貯金を承継するとされた者は、速やかに、遺言書の内容を明らかにして、金融機関へ通知をすべきでしょう。

 

仮分割の仮処分について(家事事件手続法200条3項)

遺産分割成立前に預貯金を引き出す方策として、上記の民法909条の2の規定以外に、家事事件手続法200条3項に基づく仮分割の仮処分という手続きも新設されています。

この仮分割の仮処分は、民法909条の2のような限度額は定められていないため、どうしても民法909条の2の限度額以上に払戻しが必要な場合には、検討に値します。

ただし、裁判手続きを経ない民法909条の2の払戻しと異なり、仮分割の仮処分手続きは、家庭裁判所に仮処分の決定をしてもらう手続きですので、次のような要件が設けられています。

① 遺産分割の審判又は調停の申立てがなされていること
② 相続財産に属する債務の返済、相続人の生活費の支弁等のために預貯金が必要であること
③ 他の共同相続人の利益を害しないこと

この仮分割の仮処分手続きの留意点としては、上記のような要件を満たす必要があることの外に、同手続きは、仮の地位を定める仮処分という性質を有するため、原則として審判を受ける者となるべき者の陳述を聴かなければならないとされている点です。

家庭裁判所へ仮分割の仮処分を申立てた場合には、家庭裁判所から陳述の機会についての通知が、共同相続人全員に対してなされるということを覚えておくべきかと考えます。

個人的な見解として、実務的にはよほどのことがない限りは利用することは少ないのではないかと、考えています。


民法
(共同相続における権利の承継の対抗要件)
第八百九十九条の二 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
2 前項の権利が債権である場合において、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。


家事事件手続法
(遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分)
第二百条 家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所。次項及び第三項において同じ。)は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、財産の管理のため必要があるときは、申立てにより又は職権で、担保を立てさせないで、遺産の分割の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、財産の管理者を選任し、又は事件の関係人に対し、財産の管理に関する事項を指示することができる。
2 家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者又は相手方の申立てにより、遺産の分割の審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。
3 前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第四百六十六条の五第一項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。

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